生活情報紙「あれんじ」公式サイト

(1)冬はミカン出荷の最盛期 アロマなどの商品開発も

(1)冬はミカン出荷の最盛期 アロマなどの商品開発も

2017年12月16日
|

不知火海を見下ろす斜面に開かれた「鶴田有機農園」のミカン畑。海からのミネラル豊富な潮風がミカンをおいしくします

ほんのり黄色い色が差し始めた甘夏ミカン。2月上旬に完熟するまで日差しを浴びます

冬晴れの朝早く、熊本市を出発。芦北町田浦地区へ向かいました。南九州西回り自動車道に乗って南下。田浦インターチェンジで降ります。熊本から約1時間です。

冬場のこの町は、甘夏ミカンをはじめとする、かんきつ類の出荷最盛期。潮風に乗ってさわやかな香りが運ばれてきます。

田浦地区は、県内で初めて甘夏ミカンの栽培を始めたところです。

1949(昭和24)年、旧田浦町のミカン農家3人が、大分県津久見から甘い夏ミカンの枝を譲り受けて、栽培を始めました。

その中の一人が故・鶴田源志(もとし)さん。この酸の少ない夏ミカンを「甘夏ミカン」と名付けた生みの親です。源志さんの息子夫婦が営む、「鶴田有機農園」を訪ね、代表を務める鶴田ほとりさん(67)に話を聞きました。

「2月になれば農園の一画に直売所もオープン。5月の花の時期にはイベントも開催しています」と鶴田ほとりさん(中央)とスタッフの田平美和さん(48・左)、竹田文子さん(40・右)

鶴田家は1900(明治33)年、日本で初めて、レモンやネーブルオレンジの栽培を始めた由緒ある農家です。

故・源志さんが、本格的に甘夏ミカンに取り組むのは、1948年、第二次世界大戦後のシベリア抑留から帰国してから。

「これからの人生は、田浦を豊かにすることに力を注ぎたい」と甘夏ミカンの栽培と研究に挑戦することを決意しました。

「鶴田有機農園」では、8月のレモンから始まり、温州、ネーブル、不知火、甘夏、6月の河内晩柑まで、20種類のかんきつ類が次々に収穫されます

源志さんは「田浦の甘夏ミカン」の販路拡大にも尽力。東京などの銭湯のタイル壁や電車のつり革などに広告を出してPRしました。

中でも一番効果的だったのは、地元出身で、当時、料理研究家としてテレビなどで活躍していた江上トミさんがポスターのモデルになってくれたことといいます。

農園を訪ねてすぐに出していただいたのは、黒酢のお湯割りにレモンをギュッと搾ったもの。さわやかな香りと酸味に背筋が伸びます

源志さんの遺志を継ぐ、ほとりさんらは、かんきつ類を使ったアロマオイルの商品開発にも取り組んでいます。

農家の高齢化が進む中で、かんきつ類の栽培に伴う肉体的な負担は大きな課題。アロマオイルなどの付加価値の高い商品が軌道に乗れば、お年寄りらが活躍できる仕事も増えるのではないかといいます。

甘夏ミカンの果皮や花から抽出したアロマオイル(左・ベルガモット、右・ネロリ)。果実の他にも、花や皮などからも収益が出れば、高齢になった生産者も甘夏栽培が続けられるというのも、鶴田さんのアロマに魅かれるきっかけに

ミカン畑の山から眺める不知火海は心を和ませます。日の当たる斜面は、ぽかぽかと暖かく、黄色く実ったミカン類で、まるで花が咲き乱れているようです。キラキラと光る海を小さな漁船が数隻、白い航跡を引いて、渡っていきます。童謡「みかんの花咲く丘」の歌詞が浮かんできます。

鶴田有機農園