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(1)冬がよく似合う石橋の里 石工・橋本勘五郎の故郷

(1)冬がよく似合う石橋の里 石工・橋本勘五郎の故郷

2017年11月18日
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柔らかい日差しを受ける河俣川の流れ

山々を覆っていた朝もやが消え去ると、色づいた木々が浮かび上がります。稲刈りを終えた田んぼを朝日が照らすと、うっすらと蒸気が漂います。理由はありませんが、石橋の里・東陽町には、初冬のころの季節が最も似合う気がします。

河俣川の流れは清らかで、初冬の柔らかい日が差すと、キラキラと輝きます。河俣川沿いにある「河俣阿蘇神社」を訪れました。この神社は1926(大正15)年に改築が行われました。台座の花や雲龍の彫刻、唐破風などその見事な装飾に息を呑みます。

谷川橋を通って河俣阿蘇神社へ

県道25号沿いにある河俣阿蘇神社

河俣阿蘇神社の見事な天井絵

見応えのある建築に見入っているとかわいらしい声がして、目を向けると、河俣保育園の子どもたちが手を振っていました。

東陽町で特筆すべきが、地域に点在するアーチ型の石橋。46基が現存しており、江戸から明治期に作られたと伝えられています。その一つが河俣川に架かる「笠松橋」。1869(明治2)年ごろに架橋されたそうですが、川をまたぐアーチの美しさは芸術的です。

手掛けたのは橋本勘五郎。勘五郎は江戸時代末期から明治にかけて活躍した石工で、通潤橋(山都町)や霊台橋(美里町)の建造にも携わりましたが、彼が作った代表的な石橋のひとつが、1875(明治8)年に完成した熊本市の明八橋(めいはちばし)です。

「種山石工」のカリスマ的存在の橋本勘五郎。東京の万世橋も手掛けています

しかし、どの橋も百年以上はとうに経っているというのに、先の熊本地震でも被害が少なかったと聞けば、勘五郎たちの技術に驚くばかりです。

石橋造りの名人と呼ばれた勘五郎は、若宮神社に彼ならではの作品を寄進しています。それが「ひねり灯籠」。竿(さお・下部分)が細くくびれ、傘部分には龍の彫刻がほどこされた造形(残念ながら首の部分が欠けている)は、彼の非凡な才能をうかがわせます。

美しく掃き清められている若宮神社

若宮神社に橋本勘五郎が寄進した「ねじれ灯籠」

東陽町は勘五郎をはじめとした優秀な石工集団の拠点でもあり、地元の地名にちなんで「種山石工(たねやまいしく)」と呼ばれました。若宮神社からほど近い石橋の資料館「東陽石匠館」には、種山石工たちの歴史や資料が展示されています。

「種山石工」や石橋についての歴史や資料が展示されている「東陽石匠館」

ジグザグに積まれたこの石垣は「谷積み」=東陽石匠館

よく見かけるこの石垣の積み方は「布積み」=東陽石匠館

「東陽石匠館」館長の中野敏憲さん(66)

東陽石匠館

  • 八代市東陽町北98-2
  • TEL.0965-65-2700
  • 営/9時〜16時半(入館は16時まで)
  • 入館料/大人300円、高・大学生200円 小・中学生100円
  • 休/月曜(祝日の場合は翌日)