
新しく作られた瀬田神社の本殿の隣には、巨石が祭ってありました
熊本市内から県道207号(瀬田竜田線)を走り大津町を目指します。稲穂が頭を垂れ始めた水田が広がり、風に乗ってアキアカネが群れ飛んでいます。空もずいぶんと高くなったように感じます。
大津町に豊かな実りをもたらしているのは2本の用水路「上井手(うわいで)」「下井手」のおかげといわれています。

19年の歳月をかけて作られた上井手。現在でも大津町や菊陽町の水田を潤しています
用水路の歴史は400年以上前にさかのぼります。白川の水を利用するため加藤清正と息子・忠広らが建設に着手。その後、細川藩に引き継がれて完成しました。江戸時代の用水路が今なお現役で大地を潤していると聞けば驚くばかりです。
上井手のほとりに立つ瀬田神社(神宮)を訪ねました。創建は永禄13(1570)年の由緒ある神社で、“水の神さま”として瀬田地区の人たちに大切に祭られてきました。
上井手に架かる石造りの妙見橋=昭和8(1933)年築造=を渡り、境内に入ります。
勢いよく流れる井手の水面(みなも)からひんやりと風が立ちます。

瀬田神社は、上井手の妙見橋を渡り入ります
ケヤキの鳥居をくぐって石段を登ると、真新しい社殿がありました。今年3月完成したばかりで、かつての社殿は、昨年4月の熊本地震で北側の崖から崩落した巨石によって全壊しました。
「巨石に押しつぶされたんです。その姿を見て、ぼうぜんとなりました」と瀬田区長の合志(こうし)幸徳さん(68)。
地震後の8月から、地域住民の手で再建が始まりました。土日ごとに集まって、崩れた石垣を積み直したり、倒壊した鳥居を自分たちで手作りするなど、少しずつ修復していったそうです。
「復旧作業をしていくうちに、町の人たちの心がより深く、つながっていくのを感じました」と合志さん。
社殿に並ぶように巨石が鎮座しています。高さ4m、周囲18mもあります。旧社殿を直撃した巨石が〝降臨した神様”として祭られているのです。

木々に抱かれるようにたたずむ瀬田神社。井手の崩れた石垣も氏子の皆さんの手で修復されました

水の神様だけあって“天神山”(通称)から境内に豊かな伏流水が注ぎます

「子どものころ、神社でよく遊びよりました」と話す合志幸徳さん
一時は巨石の撤去を検討しましたが、「地震のことを忘れてはいけないという思いと、今回のことで、私たちは心を一つにすることができました。神様が降りて来たようなものです。みんなの心をつなぐ“要石”として、後世の人たちに語り継いでもらいたいと思います」
御神木のオガタマノキが社殿を見守るようにそびえています。古来から神聖視されてきた樹種ですが、移植や繁殖が難しいとされ、このような大木に育つのは珍しいといいます。今回の社殿や巨石にかけたみなさんの思いも同じように、地域に根付き、ずっと長く伝えられていくことだろうと思ったのでした。

瀬田地区を見守る御神木のオガタマノキ

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