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(3)出合いと発見の路地裏巡り 不知火海のハモは今が旬

日奈久の静かな入り江

(3)出合いと発見の路地裏巡り 不知火海のハモは今が旬

2017年9月2日
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「太閤越え」の峠へと向かう肥薩おれんじ鉄道の列車「おれんじ食堂」

「日奈久温泉神社」の鳥居をくぐると、石段から線路を見下ろすことができます。踏切の音とともに少しずつ近づく列車の音。「肥薩おれんじ鉄道」の色鮮やかな列車が姿を見せたかと思うと、あっという間にすり抜け、再びトンネルへと消えていきました。

温泉神社の境内からは、日奈久の町と不知火海が一望できます。沿岸の地域は江戸時代に干拓によってつくられました。薩摩街道を境に海側は干拓地、山側は古来からの陸地だったといいますが、漁師家や商店が立ち並ぶ港周辺の風景を眺めていると、そこがかつて海だったとは想像できません。

日奈久温泉神社の境内から見下ろす街並み。八代海の向こうには、天草諸島も見えます

それを裏付けるものが温泉街の路地裏にあります。目の神や手足の神、歯の神などユニークな神様が祭られていますが、そのなかに恵比寿像が点在しているのは、その昔、一帯が海岸線であったことを示しているのだそうです。

月に3回ほど、温泉神社の境内や階段を掃除しているという高植さん(70)。「写真ははずかしかー」と恥じらいつつも、撮影に応じてくれました

温泉神社への階段の途中にある日奈久出身の関取「嶋ヶ崎宇太郎」の墓。あまりに強く恐れられていたため、江戸相撲に挑戦するため江戸に向かいますが、刺客により毒殺されたと伝わります

国道3号を渡り、日奈久港を散策しました。船どまりのそばにある鮮魚店「日奈久水産」には毎日、新鮮な海の幸が集まります。

日奈久の静かな入り江。左側に見える「日奈久ゆめ倉庫」は、観光案内やイベントスペースとして利用されています

日奈久港には、西南戦争の際に官軍が上陸したことを示す碑などもあります

見事な包丁さばきでハモをおろしていたのは、店主の今田徳次郎さん(59)と、スタッフの山本貢さん(69)です。

「ハモは今が旬」と今田さんが教えてくれました。「骨切りをしっかりして、湯引きにして食べるとおいしかですもんね」と山本さん。

見事な包丁さばきでハモをおろしていく、山本貢さん(上)と今田徳次郎さん(下)

こうして下ごしらえされたものは、日奈久や八代の旅館へ届けられるほか、店頭でも「ハモの湯引き」として販売されています。不知火海のハモの旬は、これから10月までつづきます。

旬を迎えた不知火海のハモ

日奈久水産