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(3)名将を祭った足手荒神 体の痛みを和らげて

手や足の形をした絵馬

(3)名将を祭った足手荒神 体の痛みを和らげて

2017年2月4日
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足手荒神の鳥居。背丈が低い理由は、元々高かった鳥居が軟らかい地盤の中に沈んでいったからだそうです

まだまだ寒さは残るものの、如月(きさらぎ)の声を聞くと梅の花が咲き始め、早くもウグイスの鳴く声が届きます。

先の震災で甚大な被害を受けた足手荒神甲斐神社の境内の梅も、ゆっくりとほころび始めました。

この神社は、戦国時代の武将・甲斐宗立(そうりゅう)・宗運(そううん)を祭神とし、手足の痛みを和らげてくれる神様として有名です。

ここで、歴史をひもといてみます。宗立の父・宗運は、肥後の名門・阿蘇家の筆頭家老。天文10(1541)年、薩摩の島津に内通していた武将・御船房行を攻め落とし、その後、御船城主として君臨しました。嫡男の宗立は、戦国時代末期の秀吉の九州平定により起こった、肥後国人一揆にかかわった人物です。

秀吉から肥後を治めるための太閤検地の命を受けた佐々成政に反発し、菊池地方を支配していた隈部親永らと共に、佐々氏の居城だった隈本城を攻めました(ちなみに、加藤清正がこの後、城を建て直し熊本城と改名)。しかし、かの黒田官兵衛軍の応戦により、宗立は命からがら嘉島町まで逃げ帰ったそうです。

手足に致命的な傷を負った宗立は、地域の人たちの手当を受けながら、その感謝に報いろうと「この地の手足の守り神となる」と言い残し、息を引き取ったと伝えられています。

そんな由緒を残す足手荒神甲斐神社にはこれまで、県内はもとより全国からの参拝者や、アスリート、手足を使う建設関係や工事にかかわる人たちが多く訪れていました。

手足の痛い所をなでるとご利益があるといわれる「なでお守り」

「昨年の地震で、本殿、拝殿、鳥居など壊滅的な被害を受けました。目の前の信じられない光景に呆然となりましたが、ご神体が無事だっただけでも幸いでした。復興への道のりは長くかかりそうですが、『一日も早く再建してほしい』という声が多く寄せられ、その思いに応えたいと思います」と宮司の荒尾征吾さん(45)。

「かつての神社の姿を取り戻すため、がんばります」と笑顔を見せる宮司の荒尾征吾さん

倒壊後の本殿跡地に張られたテントの下に、小さな拝殿がしつらえてありました。そこには、願いが事が書かれた手形足形の絵馬が多く積まれており、人々の変わらぬ信仰の篤さがうかがえます。

昨年の熊本地震で崩壊した本殿の姿=足手荒神提供

仮の拝殿に参拝する人の姿も見られます

手や足の形をした絵馬。足手荒神ならではのものです

そして、社務所の窓辺に寝転ぶ招き猫の「ブー」のあどけない表情にも心がほっこりとなります。来る2月15日(水)には、「足手荒神例大祭」が開催されます。

看板猫の「ブー」。ばっちりとカメラ目線です

足手荒神の参道前の民家にある大きなウチワサボテン。管理するのは家主の豊永祐一さん(69)です

地域の新鮮な野菜や加工品などが販売されている「JAかみましきよかよかうまか とれたて市場嘉島店」。TEL/096‐235‐6201

「JAかみましきよかよかうまか とれたて市場嘉島店」では、納豆を乾物に加工した「干しこるまめ」(450円・180g)も売られています

問い合わせ

足手荒神甲斐神社