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(1)鬼の逸話や山の背比べ 隠れ湯に伝わる民話をひもとく

芦刈(あしかり)橋

(1)鬼の逸話や山の背比べ 隠れ湯に伝わる民話をひもとく

2017年1月21日
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温泉街と湯出川。赤い湯出三号橋が、なんだかノスタルジック

おだやかな海が広がる国道3号沿いの水俣市中心部。ここから南東に、車を20分ほど走らせると、一気に山里へと景色が移ります。早朝の湯の鶴温泉は、白々としたもやに包まれ、肌を刺す冷気は、冬の香りをまとっています。

山をV字に切り裂くように流れる湯出川(ゆでがわ)の両岸には、昔日の面影を残す温泉街が広がり、新たにできたカフェや足湯が、歴史ある温泉地になじんでいます。

新しくできた足湯「湯の鶴温泉 憩いの広場」。湯出川を見ながらくつろぐことができます

温泉街の両岸をつなぐ太鼓橋が朝もやに浮かぶ風景は、まるでおとぎ話の一コマのようです。

湯の鶴温泉は、明治から昭和にかけて、農閑期には天草や鹿児島などから多くの湯治客が集まり、「どんな女でも湯の鶴で一年も奉公すれば、きれいになる」と評判がたったほどの名湯です。

町の地図を見ると、「みんみん滝」「なんちゅう坂」など、何やらいわれがありそうな地名が今も残されています。

湯の鶴地域に残る民話に詳しい川野剛一さん(78)を訪ねました。川野さんは、義父である故前田安男さんがまとめた民話を「湯の鶴の民話と伝説」という本にして出版しました。

「元中学校の校長を務めた義父は、村内にある黒曜石の採れる場所や、西南戦争で使われた矢尻が埋まっている場所を調べたりと、とにかく好奇心旺盛で物知り。“安男さんに聞けば何でもわかる”といわれたほど。“湯の鶴の歩く百科辞典”と呼ばれとりました」と懐かしみます。

川野さんは、「湯の鶴」に伝わる伝説を広く知ってもらうことで、町おこしの役に立ててもらおうと、本を出したのです。

冊子をめくると、今も町を見守るようにそそり立つ鬼岳(おんたけ)と矢筈岳(やはずだけ)の背比べの話や、湯の鶴に暮らす鬼たちの話など、現実と空想の間を行き来するようなものばかりです。

昔は、冬の間はいろりで暖を取り、家族で向き合うひとときが長かったのでしょう。そんな時間に、親から子へ、子から孫へと口づてに伝えられた物語には、人の絆の大切さや自然からの教えがつづられています。

「湯の鶴の民話と伝説」をまとめた川野剛一さん

平家の落人が傷ついた鶴が湯あみするのを見て、温泉の存在を知ったと伝えられます

「本の中に出てくるあしかり橋とおいまわし橋は今もあるよ」

そう川野さんが教えてくれました。あしかり橋が、おいまわし橋に橋脚を借りるという民話なのですが、今も県道117号の上流に芦刈(あしかり)橋が、下流に追廻(おいまわし)橋があります。

訪ねてみると、二つの橋はコンクリート造りで、現在は橋脚を借りなくてもびくともしない頑丈さ。橋の下に回り込み、早速、橋脚をチェックすると、追廻橋の橋脚が、芦刈橋よりも1本多くありました。「ちゃんと脚があるね」と思わず声に出ます。

そんなおとぎ話を楽しみながら、湯の鶴界わいを散策するのも楽しいものです。

♪あしかり橋は脚借って
いつまでたってん戻さんで
戻せ戻せと追い回されて
あげくのはてな
キャながれた
(「湯の鶴の民話と伝説」)

「芦刈(あしかり)橋」。脚を借りたが、結局大水に流されてしまったという残念な伝説を持っています

「追廻(おいまわし)橋」。貸した脚を返してもらうために追い回したと言う伝説が残っています