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(3)戦国時代のお姫様と「ぼたもちさん」とは?

西尾尚弘さん・智恵子さん夫婦(中央)。左は長洲町生涯学習課の中山太喜さん(42)、腹赤区長の西林和美さん

(3)戦国時代のお姫様と「ぼたもちさん」とは?

2017年1月14日
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のどかな景色を眺めながら小道を進むと、「ぼたもちさん」の案内板を発見

長洲町には「ぼたもちさん」というユニークな通称を持つ、戦国時代のお姫様の墓があります。

立花誾千代(たちばな・ぎんちよ)の墓碑です。町指定の文化財となり大切に守られています。

誾千代は、勇猛果敢な戦国武将で知られる柳川藩初代藩主・立花宗茂(むねしげ)の正室です。

宗茂は関ヶ原の戦い(1600年)で石田三成方(西軍側)につき、敗れた後、立花家は改易となりますが、一時期は高瀬(玉名市)に移り、清正から食客として迎え入れられたといいます。

このとき妻の誾千代は、高瀬に近い腹赤村(長洲町)に滞在しています。ここで34歳で生涯を閉じたといいます。

誾千代が長洲町に居を構えたのは、少しでも夫のそばにいたかったのかもしれません。

誾千代の終生の地には、江戸時代に建てられた石碑が残されています。

そこは腹赤地区の住宅地、林と畑にはさまれた小さな道を進みます。林が途切れたところにキノコのような、こけしのようなユニークな形の石碑が立っていました。

頂には色の濃い石が乗せられ、形状がぼた餅にに似ていることから“ぼたもちさん”と呼ばれています。

「ぼたもちさん」へは「腹栄中学校」近くの道標を目印に

地元の人たちから花やろうそくが手向けられる「ぼたもちさん」。頂にある黒い石の姿が愛称の由来です

「私が中学生の頃は竹やぶの中にあって、肝試しに行くほどでした」と西林和美さん(67)=腹赤区長。

石碑の存在も分からないような状態に、「なんとかせなんね」と手入れを始めたのが、西尾尚弘さん(83)です。

平成10年、当時区長を務めていた西尾さんは、竹やぶを切り開き、寒椿や梅、桜を植え、墓碑が外部より見えるように各方面から協力資金を調達し、3年がかりで墓碑の周囲を整備しました。その後は、地域住民が年に2回、ボランティアできれいに清掃しています。西尾さんをはじめ住民の方々の取り組みは各報道機関で取り上げられ、参拝者も増えています。

地元の俳句会「長洲鳴洲俳句会」では数年前から桜の時季に追悼句会を開き、誾千代の人生を歌に詠んでいます。

のどかな里の風景と四季折々の花の香りに、誾千代の魂も癒やされていることでしょう。

「ふるさとの文化財として大切にしたい」と西尾尚弘さん・智恵子さん夫婦(中央)。左は長洲町生涯学習課の中山太喜さん(42)、腹赤区長の西林和美さん

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ぼたもちさん