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(3)地域住民に愛される いくつもの“仁王さん”

県内最大級の木造毘沙門天立像

(3)地域住民に愛される いくつもの“仁王さん”

2016年12月3日
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全長2.4mを超える県内最大級の木造毘沙門天立像。普段は扉越しの拝観です

あさぎり町には、国宝級の貴重な文化遺産がいくつも現存しています。深田地区にある「勝福寺(しょうふくじ)関連文化財」(日本遺産構成文化財)もそのひとつです。

勝福寺は平安末期の創建で明治3(1870)年に廃寺になりましたが、かつての仁王門を移築・改造して「勝福寺跡荒茂毘沙門堂(あらもびしゃもんどう)」として、全長2.4mを超える県内最大級の木造毘沙門天立像を含む8体の仏像を祭っています。

この木造毘沙門天立像は久寿3(1156)年4月2日、この地の領主・藤原家永が安置しました。なぜそんな詳しいことまで分かるかというと、平成16(2004)年、毘沙門天のお腹のなかに墨でそう書いてあるのが発見されたからです。平成18年には、暦応4(1341)年、「女が毘沙門天の中にあった銭を盗んだ」という記録も見つかりました。900年前のことが身近に感じられ、過去と現在の時間が交差するようです。

隅々まで美しく拭き清められたお堂で、花の水換えをしているご夫婦に出会いました。椎葉照明さん(72)と妻の千代子さん(67)です。

「荒茂集落のみんなでお世話をしとります。私の日課は、牛の餌の牧草を刈り終えた後で、“仁王さん”の花の水を変えることですたい」と照明さん。

「昔は、ここで子守りをする姿が見られたもんです。スヤスヤと眠った赤ちゃんば御堂に寝かせてね。今でもお祭りの日には、みんなで赤飯や煮しめを持ち寄ってこの御堂に集まるとですよ」と千代子さん。

地域の人たちから“仁王さん”という愛称で親しまれている「勝福寺跡荒茂毘沙門堂」。所蔵品の歴史的な価値もさることながら、荒茂集落の方々にとってこの場所は、心のよりどころ。それを大切に守り伝えることこそが、価値あることだと思えてなりませんでした。

勝福寺跡荒茂毘沙門堂。地域の暮らしに根付いた存在で、住民の拠りどころとなっています

カメラを向けられ、ちょっぴり緊張気味な椎葉照明さんと千代子さん

問い合わせ

勝福寺関連文化財 荒茂毘沙門堂

 

いくつもの白い塊が張り付いた極彩色の仁王像

あさぎり町にはもうひとつ、有名な“仁王さん”があります。球磨川を渡り白髪岳の方へ向かいます。上地区の「谷水薬師堂」です。山門の左右に立つ「紙つぶて仁王」がユニークです。体の痛みを感じる場所を治してくれる、という伝説が伝わっています。

まず、紙を口で噛んで「つぶて(塊)」を作ります。それから、痛みを感じる部位を仁王像の体に置き換え、その部分をめがけて投げてくっつけばご利益があるというものです。訪れる人たちが投げたと思われる、いくつもの白い塊が張り付いた極彩色の仁王像。その表情からは慈愛とユーモアが漂い、親しみがわいてきます。

「谷水薬師堂」は日本七薬師のひとつにも数えられ、多くの参拝客でにぎわいます

「紙つぶて仁王像」をよく見ると、あちこちに白い紙の塊がくっついていて、なんともユーモラス


「谷水薬師堂」の裏に湧く水は「月光水」と呼ばれ、多くの人が水汲みに訪れます

問い合わせ

谷水薬師堂、紙つぶて仁王像