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(3)「玉名」発祥の地を訪ねて ロマン広がる玉依姫(たまよりひめ)の伝承

江戸時代の「俵ころがし」のジオラマ

(3)「玉名」発祥の地を訪ねて ロマン広がる玉依姫(たまよりひめ)の伝承

2016年11月5日
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深い緑に囲まれた「玉名大神宮」

「大俵まつり」に先立ち、安全祈願の神事が11月20日に行われます。神事が行われる「玉名大神宮」を訪れてみることにしました。

そこは、菊池川沿いの小さな集落の中にありました。簡素ながらも厳かな拝殿の前に立つと、気持ちがキリッと引き締まります。

向かって右側に東末社があり、「玉依姫(たまよりひめ)」が祭られています。玉依姫は、菊池氏初代の則隆の娘で、玉名の地を化粧田として与えられ、大神宮の社地に住んだという説があります。

また、桓武天皇の右大臣の娘で、天皇に見出されて玉名を賜り、玉名地方を治めたという説もあります。

いずれにしても可憐な女性が玉名の地を治めていたとは、歴史のロマンを感じます。

同神宮の権禰宜の中尾昭南さん(73)が「この地は、景行天皇が九州征伐の必勝祈願をした場所なんです。その際、天から玉のような石が落ちてきて、これをご神体としてまつったのが『玉名大神宮』なのです」と教えてくれました。

「玉名大神宮」権禰宜の中尾昭南さん。中尾家は景行天皇に味方した地元勢力・中尾玉守の子孫で、中尾さんの息子で現宮司の聡さん(42)で87代続きます

「玉名大神宮」東末社に祭られる「玉依姫女神像」。公開は神事の時に限られますが、今回特別に見せてくれました。「大俵まつり」では、毎年、玉名市の女性から「玉依姫」が選ばれ、まつりに華を添えます

「日本書紀」には「玉杵名邑」(タマキナムラ)と記され、「玉」は「霊」、「杵」は「来る」、「名」は「土地」を意味し、「神霊の安らぎの地」という意味になるといいます。「玉名大神宮」一帯が「玉名」の地名の発祥の地とされ、思いがけず「玉名」の始まりの地に出合い、もう一度、拝殿に手を合わせるのでした。

大神宮から望む玉名の町。玉依姫も、ここから化粧田を眺めていたのかもしれません

玉名大俵まつり神事

●日時/11月20日(日)
・8時30分〜《始めの儀》・ 10時〜米俵積出の式
●日時/11月23日(祝)
・18時〜《終わりの儀》
●会場/玉名大神宮、積出の式は高瀬船着き場一帯

問/玉名大俵まつり実行委員会:TEL.0968-73-2222
(玉名市ふるさとセールス課)

玉名大神宮

 

見なれた玉名の町並みも違って見えてきそう

玉名の歴史をもっと知りたい方には「玉名市立歴史博物館こころピア」がおすすめです。「コメの集積地、商人の町、江戸時代から続く干拓事業…と玉名にはいろんな歴史があって面白いですよ」と学芸員の村上晶子さん(61)。町歩きの前に訪れると、見なれた玉名の町並みも違って見えてきそうです。

「玉名市立歴史博物館こころピア」には、江戸時代の「俵ころがし」のジオラマを展示。どんなに便利な設備だったか一目で分かります

11月13日(日)まで、“とと姉ちゃんの世界”に浸れる「ものの今と昔展」を開催中。「玉名市立歴史博物館こころピア」観覧料/大人300円、大学生200円、高校生以下無料

「展示物の説明もしています。声を掛けて下さい」と「玉名市立歴史博物館こころピア」の村上晶子さん

肥後米の積出しに使われた千石船の模型。町の商家に残された船の設計図を元に、天草の船大工により製作されました

玉名市立歴史博物館こころピア