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(1)漁村のシンボル・﨑津教会 世界遺産への気持ちさらに

海付親治さん

(1)漁村のシンボル・﨑津教会 世界遺産への気持ちさらに

2016年4月2日
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禁教下で絵踏みが行われた庄屋跡に建つ「﨑津教会」。長崎の多くの教会も手がけた鉄川与助が昭和9(1934)年に建てたゴシック調の教会で、壁やステンドグラスには椿のモチーフがあしらわれています

﨑津トンネルを抜けると、青空を映し出す入江が見えてきました。屋根が重なり合うほど密集した漁村の中に立つ、海松色(みるいろ)の壁の「﨑津教会」は、﨑津のシンボルです。

今回、ここを訪れた理由は、近ごろ何かと話題を集めているからです。﨑津教会は、今夏に長崎の教会群とともに世界遺産の登録が期待されていました。ところが突然、2018年以降に持ち越されることになりました。

「残念だけど、ここが祈りの聖地であることは変わりなかけんですね。これからも、町の魅力を紹介していきます!」と、教会近くにある観光案内所の宮下美喜子さん(66)。地元では気落ちすることなく、ますます世界遺産登録への機運が高まっているようです。

﨑津地区は漁港の周りに家々が密集した小さな集落です。トウヤ(細い路地)が住宅の間を縫うようにつながっており、歩きながら巡るにはちょうどいい感じです。

天草にキリスト教が伝来し今年で450年。江戸期の禁教政策と「島原・天草一揆」を機に、多くが仏教や神道に転じましたが、「かくれキリシタン」として信仰を続けた人々もいました。禁教により、宣教師がいなくなると「水方(みずかた)」と呼ばれる指導者らの下で信仰は継承されていきました。﨑津・今富地区は今もキリスト教文化の影響を残すエリアです。

表向きは神道を信仰しているように装いつつ、信者たちが祈りを捧げた「﨑津諏訪神社」。かくれキリシタンが発覚した「天草崩れ」では取り調べの場所にもなりました

漁村を見守るようにたたずむ「﨑津諏訪神社」は、禁教時代に信者たちが「アンメンリウス(アーメンデウス)」と唱えながら手を合わせた場所です。表向きは神社氏子となりながらも、密かに信仰を続けました。

﨑津教会で信徒会代表を務める海付(うみつき)親治さん(68)を訪ねました。同教会には現在192人の信徒が登録しており、海付さんは生まれて間もなく幼児洗礼を受け、朝夕に祈りを捧げる親の姿を見て育ちました。

「日曜はミサに行くのが当たり前で、﨑津では祈りは生活の一部。だけど、ここ以外で信仰生活を続けるのは大変かもしれませんね。でも、信仰は人々の心を豊かにするもの。この小さな集落では多彩な宗教が共存し、支え合って暮らしています」と海付さんは話します。

海付親治さん。「6月にはキリスト教伝来450年を記念し、「鈴木神社」(本渡)と「信福寺」(河浦町)と合同で「450年祭」と題したイベントを企画しています


問い合わせ

﨑津教会

  • 天草市河浦町﨑津539
  • TEL.0969-22-2243(天草宝島観光協会)
  • 開館時間/9時~17時(日曜はミサのため、開館時間は9時半~)
  • 休/なし(教会行事開催時は入館不可。ほか不定あり)
  • 料/無料