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(3)繭から生まれる真綿のぬくもりは 春雲のごとき柔らかさ

居間に置かれた機織り機

(3)繭から生まれる真綿のぬくもりは 春雲のごとき柔らかさ

2016年1月16日
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仲睦まじい様子がほほえましい鬼木信次郎さん、洋子さん夫妻

今ではめったに見かけない大火鉢と鉄瓶が置かれた「古民家ギャラリー百花堂」の室内

板張りの居間にどっしりと置かれた、臼のように大きな丸火鉢。かけられた鉄瓶が、シュンシュンと音を立てて白い湯気を立ち昇らせます。そんな光景が日常を刻む「古民家ギャラリー百花(ひゃっか)堂」には、山鹿界わいの美しい工芸品が集まってきます。

その一つが、数少ない〝真綿引き”の技術を持つ鬼木洋子さん(82)が山鹿産の繭(まゆ)から作る「角真綿(かくまわた)」です。「角真綿」は、製糸に適さない繭玉を煮て、丹念に洗って水中で広げながら薄く引き伸ばし、一辺約28㎝の正方形に成型したもの。聞くと簡単そうですが、年季のいる仕事です。

昔は、この真綿を引き延ばし、布団や座布団の詰め物の表面を薄くくるんで暖かく過ごしていたようです。両手で左右に引くと春の雲のようにふわっと膨らむ真綿は、人肌のような暖かさが手のひらにじんわりと伝わります。

木綿の生産が盛んになる16世紀後半以前は、綿(わた)といえば繭から作る真綿のことでした

1枚の角真綿はさらに薄く4つにはがれます。「百花堂」では、角真綿が2枚1組(1500円)で販売されています

角真綿の両端を持って左右に強く引くと、空気を含んでふんわりとふくらみます


ふんわりと綿あめのように広がる真綿に、思わず頰をすり寄せたくなります

かつて、山鹿は熊本県内で有数の養蚕地帯でした。鬼木家も、昭和中期までは100年にわたって繭(まゆ)問屋「鬼木商店」を営んでいたそうです。

「お蚕(かいこ)さんを育てる時は、続き部屋の広い座敷の畳を上げてそこに何万頭ものお蚕さんの棚をしつらえるんですよ」と当時の記憶を振り返るのは、洋子さんの夫の信次郎さん(84)。

信次郎さんは、昔の製糸工場で使われていた珍しい部品も見せてくれました。

「この陶製のボタンや釣り針のような部品は、繭から糸を引く際に使ったもの。NHK大河ドラマ『花燃ゆ』の製糸工場のシーンで、そっくり同じ形の部品が映ったんですよ」と感慨深げです。

山鹿の製糸工場で使われていた部品。ボタン形の部品の真ん中に空いた細い穴に繭から引いた糸を通していました。イラストはそれを用いた当時の工場のようすです

そんな養蚕で栄えた往時をしのび、繭製品のぬくもりを今に伝えようと、洋子さんは真綿を芯に使った和風スカーフやクッションなどを試作しています。

中でも愛らしいのは、赤ちゃんのおくるみ。羽二重餅(はぶたえもち)のように柔らかなおくるみに包まれて抱っこされる赤ちゃんは、幸せですね。作品は同ギャラリーにしばらく展示されます。

居間に置かれた機織り機。火鉢と機織り機が並ぶ板の間は、明治・大正の光景から抜け出てきたよう= 古民家ギャラリー百花堂

真綿には、赤ちゃんを火から守るという言い伝えがあるそう。桜色の正絹の綴じ糸を使用したおくるみは女児用です

和服地の端切れで真綿をくるんだ和風テイストのスカーフ(鬼木洋子さん作)= 古民家ギャラリー百花堂

県北の養蚕関係者が守る「蚕神社」(山鹿市鹿央町合里)。隣には、“蚕の神様”と称され、養蚕業に貢献した細川藩士・島己兮(しま・いけい)の墓があります

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古民家ギャラリー 百花堂

 

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蚕神社