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(3)杉木立の石群に伝わる 京の女官のかなしい物語

白い石があたりに点在

(3)杉木立の石群に伝わる 京の女官のかなしい物語

2015年9月5日
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白糸大地を潤してきた通潤橋。矢部のシンボル的な存在です

矢部のシンボル的な存在が、1854(安政元)年に建造された通潤橋(長さ75 6m、高さ20 2m)。水の便が悪かった白糸大地を潤すため、江戸時代の矢部手永の惣庄屋・布田保之助(ふた・やすのすけ)が私財を投じて建設した、日本最大の石造りアーチ水路橋です。

水路橋の真ん中から、左右に噴き出る放水の様子は迫力満点。八朔祭の両日には、通潤橋の放水が一日数回行われます。

この通潤橋へと流れる水は、緑川支流の笹原川から引かれています。かつて笹原地区と白糸地区では水を巡る問題が生じ、1956(昭和31)年に土木工学に基づいて、円形分水の装置がつくられました。

緑川の支流・笹原川の水が引かれています

1956(昭和31)年に造られた円形分水。今も現役で活躍

円形分水は内円筒と外円筒があり、笹原川から引かれた水が内円筒から、外円筒へとあふれ出ます。水は、水田面積に応じた比率の7対3(白糸大地:笹原大地)で仕切られた外円筒の水槽にたまり、それぞれの水路へと流れていきます。

円形分水は今も現役で活躍。それにしても、うまく出来ていると感心することしきり。この水が潤してきたものは、豊かな実りばかりではなく、人々の心も満たしてきたのではないでしょうか。

道路沿いから見える「京の上﨟」のたたずまい

平家の落人伝説が残る「京の上﨟(きょうのじょうろう)」を訪れました。一帯には杉木立やモミジの木々が茂り、石段を上ったお堂の先に祠(ほこら)があります。

ここには、壇ノ浦の源平合戦に敗れ、矢部の内大臣に落ち延びた平家の公達(きんだち)の後を慕い、京の都から上﨟(位の高い女官)たちがたどりついたとされる場所です。しかし、会うことはかなわず、悲しみのあまり、石になってしまったという伝説があります。

小さな丘の斜面に点在する、いくつもの白い石。大人の背丈ほどあり、人が座っている姿のようでもあり、うつぶせになって泣いているようにも見えます。どこかもの悲しい風情を漂わせる「京の上﨟」の石群の中にたたずんでいると、静かな風が木立の中を渡っていきました。

木々の中の石段を登ります=京の上﨟

お堂の向こうには、祠があります=京の上﨟

白い石があたりに点在しています。人の姿のようにも見えます=京の上﨟

少しずつ、山里では紅葉が始まりました

収穫祭in通潤橋

■日時/9月23日(水・祝)
■時間/13時半~稲刈り体験|15時半~ビーチバレー
■場所/通潤橋前棚田・道の駅 通潤橋
■主催/JAかみましき青壮年部 矢部支部
申込・問合先 TEL.0967-73-1250