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(2)唐風の丸い石門くぐれば 目を奪う岸壁の巨大な文字

姫井橋

(2)唐風の丸い石門くぐれば 目を奪う岸壁の巨大な文字

2015年3月21日
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石仏が並ぶ岩肌。見ていると心が落ち着いてきます

岸壁に彫られた「大悲」の文字は、江戸後期に彫られました※右から読みます

江戸後期に築造された円通寺の石門(県指定重要文化財)

弁利(べんり)地区の「円通寺(えんつうじ)」は、シャクナゲや古代ハスなどが咲く花の名所としても知られています。平安時代に菊池氏の初代・藤原則隆が建立。珍しい唐風の丸い石門があります。江戸後期の建造で県指定重要文化財です。その先に見えるのは、そそり立つ岸壁。その岩肌に巨大な文字が目に飛び込んできました。「大悲」(だいひ)。意味は、仏・菩薩の大きな慈悲のことです。

境内の中には、岩肌をくり抜いた場所にひっそりと小さな石仏が祭られています。明治時代、四国八十八カ所巡りに出かけた村人が、四国へ足を運べぬ人たちのために各札所の“砂”を集めて戻り、「岩本円通寺八十八カ所(いわもとえんつうじはちじゅうはちかしょ)」としてつくったものです。凛と張りつめた空気のなかで石仏の穏やかな顔を見ていると、心に安らぎを覚えます。

馬車が通りやすいよう、川に斜めに架けられています=「姫井橋」

「円通寺」の前を通る道はその昔、「円通寺道(えんつうじみち)」と呼ばれ、文化財も点在しています。合志川に架かるアーチ型の鉄筋コンクリート製「姫井橋(ひめいばし)」は、国登録有形文化財や土木学会選奨土木遺産となっている貴重な橋です。

苔むした欄干や鉄骨の赤さびに時の流れを刻むこの橋は、大正14(1925)年の築造。山から切りだした木材を山から里へ運び出すため、もともと木の橋だったものを鉄筋コンクリートで架け替えられました。

現在は歩道橋として人が往来するのみですが、当時は牛馬や荷馬車が通れる橋だったことから「馬橋(うまばし)」という愛称で呼ばれてきました。

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円通寺