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(1)旅の僧が伝えた渋うちわ 鑑賞、土産用として人気

昭和の初めころの栗川商店

(1)旅の僧が伝えた渋うちわ 鑑賞、土産用として人気

2015年2月7日
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一本松公園から見た鹿本町の風景

鹿本町の高台にある一本松公園に立つと、冷え冷えとした風に思わず首をすくめました。眼下を見下ろすと、町は静かに冬の色にかすんでいます。

かつて商業の中心地として栄え、往時の面影をそこかしこに残す鹿本町来民(くたみ)界わい。白い息を手に吐きかけながら通りを歩く小学生のカラフルなマフラーが、古い町並みに映えます。

明治22年創業の栗川商店。来民界わいは、かつては新町と呼ばれ、にぎわっていました

子どもが丈夫に育つように思いを込めて作られた「命名うちわ」は人気です

「骨師」「編子さん」「貼子さん」など、いろんな職人たちが力を合わせて、うちわを作っています

昭和4年に作られた渋うちわ(左)と、昭和の名横綱・大鵬の懐かしいうちわが今も残っています

来民商店街の一角にたたずむ「栗川商店」。「来民渋うちわ」を手作り、販売する1889(明治22)年創業の老舗です。

からからと格子の扉を開けると、カーン、カーンといい威勢のいい音。栗川商店4代目の栗川亮一さん(54)が、木づちで型切り(なりきり)包丁を叩き、扇部分の余分な骨と和紙を落として、形を整えていました。

来民の渋うちわは、1600(慶長5)年ころ、丸亀(香川県)の旅の僧から作り方が伝授されたといわれます。和紙に柿渋を塗って作るのでそう呼ばれます。柿渋は和紙に強度と防虫効果をもたらすそうです。

来民の渋うちわの魅力は、その絵柄です。伝統の技で描かれる図案のなんとポップなこと。新しさの再発見とはこのことです。

店内には、昭和30~40年代の人気女優や力士が描かれたうちわや、イタリアのファッションショーの小道具として使われた花札の柄のうちわなどが飾られ、まるで小さな美術館のようです。

目を引きつけたのが、1929(昭和4)年に作られた渋うちわです。竹骨のしなやかさは当時のままに、柿渋がこっくりとした深みを増しています。

「なかなか味があってよかでしょ? 玉三郎さんも、ひいきにして下さっています。うちわも幸せですね」と栗川さんがふくよかな笑顔を向けます。

何年経っても色あせることがない渋うちわにあやかり、節句や結婚、還暦などの人生の節目にあつらえる人も多く、贈答品や記念品として、新たなファンを増やしています。

“本物を作り続けたい”という栗川さんの思いは、うちわがもたらす柔らかな風とともに、人々の心に伝わっているようです。

昭和の初めころの栗川商店。うちわを荷車に積んで運んでいました(栗川商店蔵)

「長い間培われたすばらしい技術と、ものを大切にする心を後世に伝えたいですね」と語る栗川亮一さん

型切り包丁で、不要な部分を取り除く栗川さん。型は10種類ほどあります


「来民うちわ」プレゼント

栗川商店4代目・栗川亮一さんが「あれんじ」としたためた「男の黒うちわ」を抽選で1名様にプレゼント。ハガキに住所、氏名、年齢、性別を明記の上、下記あて先まで。
〒860-8506 熊本市中央区世安町172
あれんじ編集室「うちわプレゼント」係
※ハガキのみの応募に限らせていただきます。
締切は、2月12日(木)。当日消印有効。

問い合わせ

栗川商店