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(2)球磨独特の折れ曲がり住居 下級武士ゆえの工夫の設計

農機具や生活雑貨を展示する資料館

(2)球磨独特の折れ曲がり住居 下級武士ゆえの工夫の設計

2014年10月4日
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多良木相良家の頼宗が、1295年に創建した「青蓮寺阿弥陀堂」。当時は多良木相良と人吉相良と二つに分かれていました

多良木町のシンボル的存在が、国指定重要文化財の「青蓮寺阿弥陀堂」です。石畳の参道の奥に立つ茅葺き屋根の阿弥陀堂は、鎌倉時代の永仁3(1295)年の建立。私たちが見慣れている住居の柱は四角ですが、ここのはすべて円柱で作られているのが珍しいところです。外観は非常に簡素で素朴ですが、そこがかえって荘重な感じを与えます。

阿弥陀堂に安置される木造阿弥陀如来像と観音菩薩、勢至菩薩の両脇侍像

青蓮寺古塔碑群(県指定史跡)。多良木相良一族や代々の住職の墓など並んでいます

ほかでは見られない球磨地方独特の住居

もう一つの国指定重要文化財が、江戸時代末期に建てられた「太田家住宅」です。太田家は、もともと相良藩の郷士で、農業と焼酎造りをなりわいとしていました。この住居は鉤屋(かぎや)造り・折れ曲がり寄せ棟造りという、めずらしい構造の茅葺きの家屋です。

住居を上から見ると、文字通り鉤型(かぎがた)に折れ曲がっています。「なぜ、そんな暮らしに不便そうな建て方をしたのかは、相良藩の身分制度に理由があります」と案内人の住吉さん。

武士として身分の低い郷士は、住居の一辺の梁の長さは三間(約6m)未満という決まりがあったのです。しかし、三間未満の梁を次々とつなげていけば、広い住居スペースを確保できるというわけです。

また、普通の古民家にある土壁というものがほとんどなく、壁は板張りです。冬はかなり寒かったのではないでしょうか。県内には江戸時代末期の古民家が数多く残っていますが、ほかでは見られない球磨地方独特の住居といえます。

安政3年(1856)ごろに博多の大工によって建てられたという「太田家住宅」

床の間の壁の模様は改修時に見つかった意匠を元に復元されました。飾られるのは正月飾りの“シュンナメジョ”。俵に刺さった人形は働き手を表わし、多いほどいいとされます

「太田家住宅」には、農機具や生活雑貨を展示する資料館があります。見学無料(8時半~17時)

焼酎造りが行われていた土間・どうじ(復元)

問い合わせ

百太郎堰・百太郎溝/青蓮寺阿弥陀堂/太田家住宅

 

はるかな地域との交流があったことを示す遺物にロマン

「百太郎堰」に使われた凝灰岩は、球磨川右岸で豊富に採石されるため、明治以降の人吉球磨全域では土蔵でなく石蔵が建てられていました。今年7月にオープンした「多良木町埋蔵文化財等センター 古代の風・黒の蔵」も、昭和17年に建てられた石造りのコメ蔵を再生。多良木町で出土した埋蔵文化財を展示・研究する拠点となっています。

めずらしい形の石器や、大分県姫島から伝わった黒曜石(こくようせき)も出土しており、山に囲まれた多良木が、古代に瀬戸内海に面したはるかな地域との交流があったことを示す遺物にロマンを感じます。

瀬戸内から出土する船元式土器や石器など、貴重な埋蔵文化財が展示されています

多良木の文化財を丁寧に案内してくれた「たらぎ観光案内人協会会長」の住吉献太郎さん。案内人のお問い合わせは多良木町企画観光課へ(案内人1人につき1時間あたり1000円、3日前までに予約を)


多良木町の歴史遺産をカルタにした「たらぎ文化財カルタ」。「子どもたちに楽しく文化財に触れて欲しいと、私が所属するたらぎ地名研究会で製作しました」と住吉さん。「古代の風・黒の蔵」で販売しています(1000円)います(1000円)

問い合わせ

多良木町埋蔵文化財等センター 古代の風・黒の蔵