大津山の頂から眺めた南関町の中心部。天気が良ければ島原半島も見えるほどの見晴らしのよさ

熊本県の北西に位置し、大牟田市に隣接する南関町。山に囲まれた静かな町は、詩人 北原白秋が“第二の故郷”として愛したことでも知られます。

白秋は柳川出身ですが、南関町出身の母の実家で生まれました。幼少期は母と里帰りした南関町で、野山を駆け回ったそうです。

さて、南関町史などによると、古代から平安時代にかけて官道として整備された西海道のうち、大宰府と肥後、薩摩などを結んだ駅伝路が南関町を通り、「大水(おおむつ)」という駅が置かれていたそうです。「おおむつ」が転じて「おおつ」になり、現在の「大津山」などの地名になったとされています。

肥後と筑後の間にあった「大津山の関」は鎌倉時代に編まれた「平家物語」にも〝越し難い難所〟として登場します。関所があった場所は大津山の麓など諸説ありますが、はっきりしていません。

大津山の麓にある「麻扱場橋(おこんばばし)」。かつて、内田川にかかっていたものを移築復元した石橋です。当時、川で麻のさらしが行われており、「麻扱き場(おこきば)」が転じて「おこんば」と呼ばれるようになったそうです

木の根が地面をはうように広がる山道

中世には山城も築かれていた標高256mの大津山に登ってみることにしました。駐車場から尾根沿いに登るルートは、ごつごつとした木の根が地表に顔を出しています。途中の空掘のような難所には4基の木橋が架けられ、それぞれの橋に城にゆかりある武将の名前が付けられています。

山頂の城跡へ通じる遊歩道には4基の木橋があり、それぞれ城にゆかりのある武将の名前が付けられています

登り初めて20分ほどでしょうか。木立の切れ間からから差し込む陽光に顔を上げると、山頂らしきところが見えてきました。大津山は別名「藟嶽(つづらがだけ)」と呼ばれ、山頂周辺には、1395(応永2)年から約200年にわたって、この一帯を治めた大津山氏が山城を構えていました。

山頂にはかつて、大津山氏の山城がありました

今は碑が残るのみですが、南関の町並みはもちろん、はるか向こうには有明海、天気のいい日には島原半島も見えるほど見事な眺望が広がります。大津山公園は桜の季節になると、多くの花見客でにぎわいます。

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