間口が通りに対して斜めに立つ「のこぎり家並み」

一雨ごとに春らしくなっていきます。芦北郡芦北町の旧薩摩街道沿いにある佐敷宿は、しっとりとした風情が漂っていました。

ここは、豊臣秀吉の家臣だった加藤清正が1588(天正16)年頃に築いた佐敷城の城下町。江戸時代には薩摩街道の宿場町として栄えました。佐敷川に沿って南北に延びる通りには昔ながらの土蔵造りの町屋や民家が立ち並んでいますが、昨年7月の豪雨で大変な被害が出ました。

復旧が進む通りを歩きながら、あることに気づきました。川沿いの東側の家並みは間口を少し北に向け、西側の建物は南を向き、通りに対して斜めに立っています。「上から見るとのこぎりの刃のようにジグザクになっていることから『のこぎり家並み』と呼ばれています。建物の陰に身を隠し、敵の攻撃に備えるためという説があります」と話すのは、芦北町教育委員会学芸員の深川裕二さん(47)です。

芦北町教育委員会学芸員の深川裕二さん

肥薩おれんじ鉄道佐敷駅近くの「芦北町総合コミュニティセンター」には町の歴史に関する資料も展示されています(入館無料)

頂上に見えるのは佐敷城跡です

昭和初期の大火で多くの家が焼失したそうですが、現在もこうしてのこぎり家並みが残っているのは、地割りと家の基礎をそのままにして再建されたからだそうです。

また間口が狭く、奥に長い建物が続く町並みも特徴の一つ。通りで衣料品店を営む「守口屋」を訪ねました。店の奥に、庭や離れ、蔵があります。「明治中期に呉服店として創業しました」と話すのは、この家に住む嶋田京子さん(72)です。豪雨の際には天井近くまで浸水したそうで、復旧作業が進められていました。

守口屋の嶋田京子さん

明治期に建てられた「守口屋」。建物は間口が狭く奥に長くなっています

佐敷商店街周辺

佐敷商店街周辺

 
 
 
 
(芦北町教育委員会・TEL.0966-87-1171・/8時半~17時15分・休/土日)


タチウオの一本釣り

春の不知火海はタチウオの水揚げが盛んです。海水温が上がる4月は、産卵を控えて太ったタチウオが取れます。「一本釣り」のタチウオ漁を営むのが岩田栄治さん(60)です。400~500mのワイヤーに釣り針を50本ほど付けた仕掛けを水深20~40mあたりまで沈め、船で曳航(えいこう)する漁です。

岩田さんは「タチウオの肌に傷をつけず、美しい状態で出荷できます」と話します。毎日、タチウオがエサを探し始める午前5時ごろ海に出て、午後3時あたりで漁を終えるそうです。「大漁だとうれしかですね。仕事を終えてからの楽しみは、嫁さんの晩ご飯。こう見えて酒は一滴もダメ」と笑います。

岩田さんたちが一本釣りで取ったタチウオは、主に関西方面に出荷され、熊本市内のデパートでも販売されます。

岩田さんが一本釣りで取った大きなタチウオ

漁を終えて田浦漁港に戻って来た岩田栄治さんの船

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