八代は室町時代から続くイ草と畳表の産地。あちこちの水田に田植えが終わったばかりのイ草の苗がきれいに並んでいました。案内してくれたJAやつしろ・い業センターの石田真隆さん(48)が「かつては6600haあった県内のイ草栽培面積も今では420ha。そのうち345haが八代です」と教えてくれました。事実上、国内最後の産地という状態になっています。

イ草は11月から12月にかけて田植えし、6〜7月の梅雨時にぐいぐい成長して暑い盛りに収穫期を迎えます。収穫は割と早く機械化されましたが、苗の根がしっかり絡むイ草の植え付けは機械化が難しく、長く手作業が続いたそうです。

イ草の苗作りは、収穫前の一部を元苗とし、脇に出ている小さな新芽を株分けします

「一昨年から機械化しましたが、以前は田んぼに氷が張ることもある中での手植えでした。逆に収穫は真夏で、イ草がシャキッとする真夜中の2時ごろから刈り始めます」と、千丁町の水無川に近い田んぼで2・4haのイ草を栽培する橋口英明さん(60)。昨年はイ草移植機の新型登場という朗報もありました。

橋口さんは一昨年まですべての田んぼを手植えで植え付けしていたそうです。今は機械で植えるようになりましたが、間隔が開きすぎる所は手作業で補植します

透き通った水が張られた橋口さんの水田。生育状態や追肥に合わせて、水を張ったり引いたりします

刈り取ったイ草は、色・艶の劣化を防ぐため泥染めし、乾燥させて保存します。その後、イ草を少しずつ取り出し、畳表に織り上げて出荷します。「畳表にするまでいろいろ手間もかかり、なんさま体力と気力の勝負です」と英明さん。

そんな英明さんが丹精込めて作る畳表は高い評価を得ています。「イ草の畳は室内の湿度を調整するし、その香りに癒やされます」と話します。

収穫したイ草はその日のうちに泥染めし乾燥。写真は昨年の夏に収穫されたものです


畳がユネスコ無形文化遺産に

祖父の代にイ草を作り始め、英明さんで3代目。高校を卒業して就農しましたが、高校3年の12月、田植えの頃に父親が亡くなったそうです。それでもイ草は待ってはくれません。悲しみをこらえて田植えに取り組んだと振り返ります。

「小さい時分からイ草に触れてはきましたが、本格的に父に教わることはかないませんでした。代わりに先輩たちがしっかり支えてくれました」と英明さん。今では若い後継者たちが教えを乞いにくることも多く、恩返しのつもりで丁寧に指導しているそうです。

「週末は孫たちが来て保育園のようです」と頬をゆるめる橋口さん夫婦

英明さんと二人三脚で歩んできたのが妻の惠美子さん(60)です。実家も同じ地区のイ草農家で、二人は幼なじみ。昨年は夫婦そろって還暦を迎えました。英明さんは、「コロナ禍で祝い事はでけん、畳を世界にPRできると期待しとったオリンピックも開催でけんと『でけんでけんの還暦』で、忘れられん年になりました」と笑い飛ばします。

そんな中で昨年末には、うれしいニュースが飛び込んできました。「伝統建築工匠(こうしょう)の技 木造建造物を受け継ぐための伝統技術」が、ユネスコの無形文化遺産に登録されることが正式に決まり、屋根の茅葺(かやぶ)きや漆塗り、建具などとともに、イ草を使った畳も日本建築の伝統技術として選定されました。

近年は箱畳を使った和モダンの住宅デザインも増えています。「これをきっかけに、家の中に畳のある暮らしの良さが見直されるといいですね。私たちイ草農家も頑張りがいがあります」と言って、英明さんは風にそよぐイ草の苗に目をやりました。

刈り忘れかと思うほど、1列分きれいに残っているイ草が、来季分の苗になります

JAやつしろ・い業センター

八代市千丁町新牟田322-2

TEL.0965-46-2500

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