青田に風が渡って、根子岳の頭を覆った雲が流れていきます

7月8日。その日の高森町は長引く豪雨の合間を縫ったような晴天に恵まれました。4日前に起きた球磨川の氾濫をはじめ、県内はもとより九州、そして全国各地に大災害をもたらした一連の豪雨がうそのようでした。

被災された方のことを思えば、今回の特集で笑いを振りまく高森にわかを取り上げることには迷いもありました。それでもご紹介するのは理由があります。筆者自身、4年前の熊本地震の時の経験があったからです。

長いカーポート暮らしで日を追うごとに日差しがきつくなり、ホームセンターによしずを4本買いに行った時のこと。一人で抱えるのは重く、よしずを両足の甲に載せ、ロボットの竹馬のような歩き方でレジに進みながら、自分の格好がおかしくて思わず吹き出してしまいました。その時、「人間はこんな時でも笑える」と気づいて心が軽くなり、母親と「毎日、一度は笑おう」と約束してここまでやってこれたことをお伝えしたいと思いました。

さて、8月の高森町といえば「風鎮祭」。祭りの夜に披露される名物の一つが、高森にわかです。今年は残念ながら新型ウイルスの影響で神事だけになり、にわかの競演は見送りになりましたが、高森にわかの「レジェンド」に会ってきました。

タワシや鍋などの日用品で作られた一夜づくりの「つくりもの」をトラックに乗せて引き回す昨年の「山引き」(資料写真=高森町役場)

昨年の高森にわかの出し物。映画のキャラクターをモチーフにした下町向上会の演目(資料写真=高森町役場)

風鎮祭の神事や行事を次の年番向上会に引き継ぐ「節刀(せっとう)渡しの儀」(資料写真=高森町役場)

高森阿蘇神社で行われる「五穀豊穣祈願祭」(資料写真=高森町役場)

町の誰もが愛する高森にわかの魅力

にわかの話を町教育委員会で取材するため、町役場に向かいました。入り口には手指の消毒剤のほかに、体温計ではなくビデオカメラのような測定器が置いてあります。レンズをのぞき込むと、やがて「セイジョウハンイナイデス」とカーナビの案内のような声で告げてくれました。これで胸を張って役場に入れます。

役場2階の教育委員会事務局で、事務局長の馬原恵介さん(58)に話をお聞きしました。

「高森にわかは、台本を覚えるのではなく、演じるもの。演者とお客さんが笑いで一つになれる瞬間が醍醐味(だいごみ)です」と馬原恵介さん

風鎮祭の夜、高森町中心部の街角で披露される高森にわかは、風鎮祭と同じ江戸時代の1752(宝暦2)年に始まったとされているそうです。昨年3月には、「高森のにわか」として国の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択されています。

町の若者でつくる五つの「向上会」ごとに、三味線や太鼓の囃子方(はやしかた)を載せたトラックと移動舞台で辻々を回り、高森弁まるだしの即興劇を演じます。時事ネタを盛り込んだ即興の笑いが高森にわかの身上。各向上会はおおまかに組み立てた話を10本ほど用意し、入念な稽古を重ねて本番を迎えますが、演目はひと夏限りだそうです。

舞台と観客一体で仕上げる 伝統の笑い

「本番では、まず演者の一人が舞台で拍子木を打ち外題を述べます。お囃子に乗って役者が登場し、3歩進んで2歩下がりながら舞台を回る『道行き』で始めます」と、向上会OBでもある馬原さん。昨年の風鎮祭では「レジェンドにわか」が特別に催され、馬原さんも仲間たちと数十年ぶりの舞台に立ったそうです。

どの舞台でも、最後の「落とし」を察したお客さんと呼吸を合わせて締めくくるのが決まり。「笑いを待っているお客さんとピッタリ波長が合う気持ち良さを久しぶりに味わいました」と馬原さん。風鎮祭実行委員長の吉良充展(みつのぶ)さん(52)は、「風鎮祭で上演する高森にわかの笑いは、古くからここで暮らす人たちの元気の源であり、つらい時にも力を与えてくれます」と言います。

「今年は中止になりましたが、今は力をためて、いつの日か多くのみなさまに高森にわかで存分に笑っていただきたい」と話す、風鎮祭実行委員長の吉良充展さん

話をお聞きした部屋に、馬原さんが昨年の舞台で着た衣装と化粧箱が置いてありました。「まさか」と思いつつ、舞台姿を見たいとお願いすると快く応じてくれました。後でお聞きすると、馬原さんは豪雨災害の支援で芦北町に入り、聞きしに勝る被害に接して、「少しでも笑顔をお届けできれば」と思ったそうです。

早速、白のドーランを顔に塗り、赤い頬紅とアイラインが入ります。天草市牛深の大漁旗で作った衣装に着替えて金髪のカツラをかぶると、〝きもかわいいおばちゃん〟の出来上がり。

女役が得意な馬原さんの舞台衣装のワンピース

白のドーランを顔に塗り、舞台化粧の様子を見せてくれた馬原さん

せっかくなので庁舎を出て、阿蘇五岳をバックにポーズをとってもらいました。そこへ訪れた町民の皆さんが、「よかもんば見た」と大笑い。馬原さんが投げキッスを送ると、さらに沸きました。

撮影後、庁舎の玄関口で馬原さん、「ちょっと、この顔で役場に入れるか測定器に尋ねてみましょうかね」と言ってカメラをのぞきこみました。するとアナウンスがこう流れました。
「セイジョウハンイナイデス」

さすがはレジェンドでした。

庁舎前で、ビシッとポーズをとってくれました

昨年の舞台で、拍子木を打って外題を紹介した馬原さん(資料写真)

庁舎玄関口に設置されている体表温度測定器のカメラに顔を写す馬原さん

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