1870(明治3)年、菊池一族の棟梁らを祭って創建された菊池神社

菊池市は、菊池武光生誕700年に合わせ、「菊池一族ことはじめ」「幻の都 城下町菊池」など、読みやすくまとめたパンフレットを制作。その中から、佐伯さんお薦めの菊池一族ゆかりの地を何カ所か訪れてみました。

畑の中に佇む菊池武重公墓所。訪れる際は駐車場がないのでご注意を

新緑に包まれた菊池武光公墓所。紅葉も美しいそうです

まず、菊池一族の本拠地だった守山城跡地に建つ「菊池神社」。12代武時、13代武重、15代武光の3棟梁が主祭神として祭られています。武時は武重と武光兄弟の父です。当時は、現在の神社下の市民広場付近に屋敷があったとされ、戦になると城に入って備えたそうです。

菊池の郷社として菊池川に面して建てられた北宮阿蘇神社

もうひとつの見どころが墓所。「江戸時代に民衆によって建てられた武重公と武光公の墓石のデザインは県内では珍しく、中国の風習として知られる亀趺(きふ)が用いられています」と佐伯さん。亀趺とは仙人を乗せると伝えられた亀蛇(きだ)のことで、いかに二人が人々にあがめられていたかが分かります。

「熊耳山正観寺」にある武光の墓所には、墓木とされる樹齢600年のクスノキの大木がそびえ、一方、田園風景の中にひっそりとたたずむ武重の墓所は穏やかな気配を漂わせています。

懐良親王のお手植えと伝えられる御所通りの「将軍木」。やはり樹齢600年以上のムクノキが堂々とそびえる姿は圧巻です。「将軍木を懐良親王に見立て、正面に能場が建てられました。数百年たった今も、武光公が懐良親王に楽しんでもらうために催したとされる御松囃子御能(おんまつばやしおのう)が、ここで奉納されます」と佐伯さん。この能は「菊池の松囃子」として国の重要無形民俗文化財に指定されています。

町なかにあり、人々の暮らしに寄り添うように立つ将軍木

最後に佐伯さんが話してくれました。「菊池一族は敗北後、敵だった北朝に認められて肥後守護の地位を得ます。一途に貫き通した信念と功績が、敵ながらあっぱれと認められたのです。そんな先人の生き様を大切に後世に伝えていきたいと思います」

かつては市などが開かれた御所通り(イラスト提供=菊池市役所)。現在は、古い建物が建ち並ぶ情緒あふれる通りです

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