青空と山の緑に映える鮎の瀬大橋

集落では石蔵を多く見かけます

矢部地区の中心の浜町から南に車を走らせ、緑川をまたぐ鮎の瀬大橋を渡ると、目指す菅(すげ)集落が見えてきます。

集落を見渡せる高台に登ると、そこに広がるのは、棚田と家並みが混在した昔話に出てくるような懐かしい風景。日本の原風景を感じさせるこの棚田は「菅迫田(すげさこだ)」と呼ばれ、「日本の棚田百選」にも選ばれています。

集落を歩いてみました。石のみの跡が残る石蔵があり、民家の軒先には漬物用の大根や畑で取れた豆が青空の下、寒風にさらされています。

集落の小道で、同じ山都町の清和地区にある眞樂寺の住職、堀孝之さん(37)と出会いました。「これから親鸞聖人御正忌の御取越(おとりこし)のお参りをさせていただきます」と堀さん。菅地区の門徒さんの家を一軒ずつ回って、お経を上げるのだそうです。

眞樂寺の第13代住職の堀孝之さん

ちょうど住職を出迎えに来た大和幸子さん(74)に誘われて、私たちも大和さんのお宅にお邪魔しました。大和さんの住まいは築140年という古民家で、建設当時の屋敷の見取り図や、古い掛け軸などが床の間にかけてあります。

「菅地区のいいところは、人と空気」と話す大和幸子さん

菅地区で生まれ育った大和さん。「昔は、この集落もにぎやかだったとですよ。浜町に行けば映画館が2軒もあって、出掛けるのが楽しみでした」と昔を懐かしみます。

かつての菅地区は、緑川の深い峡谷に阻まれ、“陸の孤島”と呼ばれてきました。1999(平成11)年に鮎の瀬大橋が完成してからは、浜町まで車で10分程度で行けるようになりました。それまでは細い道路を行き来しなければならず、大和さんが子どもの頃は、片道3時間もかけて歩いて通っていたそうです。

林業の過酷な山仕事でけがをする人も多く、浜町の病院にたどり着いた時には息絶えていた、という悲しい出来事も後を絶たなかったそうです。鮎の瀬大橋の開通は菅地区の人たちにとって、命につながる悲願でもあったわけです。

「さあ、どうぞ。特別なものはなーんもなかばってん」。そう言って、大和さんが栗の渋皮煮や黒豆などをごちそうしてくれました。昔から伝わる手作りの素朴なおいしさが心に染みました。

大和さんは栗の渋皮煮や黒豆、畑でとれたピーマンなどをごちそうしてくれました

大和さんの自宅前の畑ではネギやキャベツ、ニンジンなどが育っていました

大和さんの家の軒先に干されていたイモガラ。煮付けや白あえにするとおいしいそうです

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