「熊延鉄道」当時の姿をとどめる数少ない遺構が「八角トンネル」。上は現役時代(写真提供/熊本バス株式会社)、下の2枚は現在

 
「二俣橋」の近くに、かつて熊本市から美里町の砥用まで延びていた熊延(ゆうえん)鉄道の遺構「八角トンネル」があります。

熊延鉄道は、熊本と延岡をつなぐ鉄道として計画され、1915(大正4)年、現在のJR豊肥線南熊本駅から嘉島町までの間で開業しました。その後、1932(昭和7)年に砥用まで延伸されますが、その先の工事は進まず、1964年に全線廃線となります。

「八角トンネル」に向かう小道。現在は木々が生い茂っていますが、かつてここには線路が敷かれ、列車が走っていました

釈迦院駅跡地近くの住宅に、かつて掲げられていた駅名標を見つけました。文字は薄くなっていますが、真ん中には「下益城郡砥用町」と旧町名が書かれています

「八角トンネル」に向かう小道。現在は木々が生い茂っていますが、かつてここには線路が敷かれ、列車が走っていました

当時は自家用車を持つ人も少なく、バスも通っていなかった時代で、熊延鉄道は沿線の人たちの通勤や通学などのための重要な交通手段だったそうです。「父は熊延鉄道に勤務していました。だから廃線になることを聞かされた時、とても心が痛んだのを覚えています」と話すのは、旧砥用町で町議を務めたこともある堀口章さん(68)です。

最後の日は砥用駅でお別れ会が開かれ「さようなら」の文字を入れたヘッドマークで飾った列車を多くの町民が見送ったそうです。

「廃線から50年以上たった今、町の人でも熊延鉄道が砥用まで来ていたことを知る人は少なくなりました」と堀口さん。

「小学生の頃、熊本へは熊延鉄道で行っていました」と鉄道の思い出を話してくれた掘口章さん

掘口さんのお父さんが使っていた鉄道時計。今も毎日ネジを巻いているそうです

堀口さんは写真が趣味で、美里町の風景を撮り続けています。中でも「八角トンネル」は、堀口さんおすすめのスポットです。八角トンネルは、津留川沿いに走る線路の落石よけとして造られたもので、幅1メートルほどの八角の形をした洞門が7基並んでいます。木々の茂みの中にあり、すき間からトンネルの中に光が差す光景は何とも神秘的で、まるで未知の世界につながるゲートのようです。

また津留川の上流には鉄橋跡もあります。川に降りる小道を抜けると、川の中にコンクリート柱が立っています。かつての「第二津留川橋梁(りょう)」跡です。現在、橋げたは取り除かれ、橋脚部分のみが残っています。

「八角トンネル」の上流にある「第二津留川橋梁」の橋脚。

橋げたが架かっていた1964年1月頃の様子(写真提供/熊本バス株式会社)

こうした鉄道施設の断片や遺構をたどりながら、熊延鉄道の車窓から見えたであろう緑あふれる川や山の景観に思いをはせました。

【八角トンネル・第二津留川橋梁・小崎の棚田】美里町林務観光課

熊本県下益城郡美里町馬場1100番地

TEL.0964-47-1112

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