「貴賓館」から眺める涌蓋山と山里の風景。小国を訪れた北里夫人と子どもたちも同じ風景を眺めていました

抜けるような青空に向かってそびえる杉木立や、胸がすくような景色が広がる小国町。ここは、「日本細菌学の父」として知られる北里柴三郎博士の生まれ故郷です。今年4月、5年後にデザインが刷新される新千円札の肖像画になることが発表され、町は沸いています。

隣接する「学びやの里」の「木魂館」に掲げられた北里柴三郎の写真。「学びやの里」は、「学習と交流」を推進した北里博士の意志を受け継ぎ造られました

北里博士は1853(嘉永5)年、北里村(現小国町北里)の庄屋の長男として生まれました。15歳で熊本藩校・時習館に入塾し、その後、熊本医学校でオランダ人教師マンスフェルトに出会い、医学の道へ進むことを決意します。それから東京医学校(現・東京大学医学部)に進み、卒業後は内務省衛生局に勤務。1885(明治18)年にドイツへ留学し、結核菌を発見したコッホに師事します。そして4年後、世界で初めて破傷風菌の純粋培養に成功し血清療法を発見しました。1914(大正3)年に、現在の北里大学の母体となる「北里研究所」を創設し、1931(昭和6)年に亡くなるまで、日本の公衆衛生、予防医学、医学教育、医療行政に貢献しました。

長く熊本を離れた北里博士でしたが、生まれ育った故郷への思いは深かったようです。1916(大正5)年に、博士は当時の金額で1万円余り(現在で1300万円ほど)の私財を投じて郷里の子どもたちのために「北里文庫」を寄贈。賓客をもてなす「貴賓館」も建てています。生家跡近くの「北里柴三郎記念館」にはこの2つの施設があり、幼少時代過ごした生家が移築されています。

大正5年に建てられた「貴賓館」。和風木造2階建ての優美な姿です

完成当時、児童文庫から雑誌まで1511冊を収蔵していたという「北里文庫」。熊本県立図書館に次ぐ規模だったそうです

「博士が研究所を開設した時、小国の人たちが上京して手伝ったと聞いています。がんこだけど故郷思いの博士と、小国の人たちのつながりの深さを感じます」と話すのは、博士の遠縁にあたる北里勝義さん(67)です。「北里文庫」には愛用の顕微鏡や恩師や友人からの手紙などが展示されています。北里博士の生涯を紹介する映像では、落成式で「北里文庫の『北里』は北里村のことで、みなさんの文庫です」と挨拶したというエピソードが紹介され、故郷への思いが伝わってきます。

誕生から数々の研究、交友関係など、細菌学者・北里柴三郎を紹介する「北里文庫」

「私が子どもの頃の『北里文庫』は、地域の子ども達の遊び場になっていました」と北里勝義さん

北里柴三郎愛用の顕微鏡

空を突くようにまっすぐ伸びる杉の木は、「北里文庫」「貴賓館」の完成時に北里柴三郎夫妻が手植えしたもの

「貴賓館」の2階の座敷からは涌蓋山を望め、北里川のせせらぎの音も聞こえてきます。心地よい風に吹かれながら、博士と同じ風景を見ているかと思うと胸が熱くなりました。

北里柴三郎記念館

阿蘇郡小国町北里3199

TEL.0967-46-5466

営/9時半~16時半

休/年中無休(12月29日〜1月3日を除く)

入館料/300円、小・中・高校生150円

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