喜多雅子さんの実家

8畳の上座敷(奥)と6畳の下座敷を松の回り廊下が囲んでいます

穏やかな秋の江津湖。湖面を渡る水鳥やボートをこぐ学生たちの姿など、広々とした8畳の上座敷と6畳の下座敷から眺めることができます。その江津湖を借景に、建てられてから40年以上になる日本家屋があります。熊本市東区に住む喜多雅子さん(54)の実家です。2016年の熊本地震で全壊判定を受けましたが、修復工事に取り組んだそうです。

「この家は子どもたちが『大切に受け継ぐ』と言っています」と喜多さん

↑玄関の式台や床板には桜が使われています

「地震の後に亡くなった母は、『自分はそう長く生きられないし、今さら修復しても仕方ないから解体してもらいなさい』と言いましたが、骨組みはしっかり残っており、家族の思い出が詰まった家を壊すのは忍び難くて…」と喜多さんは振り返ります。

この家は1992(平成4)年に72歳で亡くなった喜多さんの父親が、全国の銘木を集め、宮大工さんと細かく打ち合わせしながら10年の歳月をかけて建てたそうです。喜多さんが小学1年の時に家族で暮らせる最小限の間取りの家を造り、そこに暮らしながら、工事が進みました。「一部屋ずつ完成していったことをしっかりと覚えています」と喜多さん。

喜多さんの母親が使っていた和室も修復されました

土佐杉を使った座敷の天井

新畳の香りに報われた苦労

地震で瓦が落ち、屋根が崩れ、各部屋にブルーシートを張って雨風をしのぎましたが、次第に畳が腐り、キノコも生えたそうです。家の修復が始まったのは、地震後、2年ほどたってからのことでした。

「日本家屋専門の大工さんにお願いしようと待ちました」と喜多さん。「修復工事が終わり、新畳が入った時には涙が出ました。ブルーシートに覆われていた時のカビや汚れの匂いが心にまで染みついていて、あの時の新畳の香りが苦労を一掃してくれました」と晴れやかな表情で話します。上座敷、下座敷と松の回り廊下、土佐杉の天井、玄関の式台や床板の桜など、父親が手塩にかけた日本家屋。イ草の畳はその画竜点睛(がりょうてんせい)だったようです。

週末を実家で過ごすという喜多さん。「座敷のガラス戸を全開にすると、江津湖からの風が家の中を吹き渡ります。畳に座ってお茶をいただくと心がすーっと落ち着きます」と笑顔で話してくれました。

床の間の柱や出書院、床脇も昔の姿を取り戻しました

上座敷の真ん中に座ってお茶を味わう喜多さん

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